glassmagazine-neoのブログ

muragon版の個人雑誌グラスマガジンネオ編集部で、二十世紀昭和最大の隠ぺい事件、生田小学校少女暴行事件と稲田支所少女暴行事件の、二つの隠ぺい事件の社会認知活動をしています。そして、私の作品も紹介したりしています。

[個人雑誌グラス編集部]長年の感謝を伝えに、大手の出版社に行ったよ!


個人雑誌グラス編集部、副編集長兼雑用、主力作家(個人雑誌での話)の齋藤務です。
何時も、ブログでは、気が大きく為り、大げさな事ばかり行っています。

2017年6月19日、今日は、池袋に行き、それから、大手の出版社まで、ブログ個人雑誌編集長の姉、齋藤孝子と、私、齋藤務とで、ブログ記事の取材を申し込みに、最大手の出版社である講談社に行きました。
取材と言っても、長年、伝えられなかった思いを伝え様と思い立ち、私たちは、過去に危ない所を、講談社の方たちに助けて頂いた事への感謝とお礼を、直接、伝えたいと向かいました。丁度、これから大きく活動の範囲を広げて行こうと考えていましたので、何は置いても、先ずは、一番先にして置きたい取材でしたが、(取材の序に社会見学をと・・)然し、ご迷惑な様子なので、(しつこく粘りましたが)仕方なく電話で気持ちだけ感謝とお礼に留めました。私たちの考えが少し甘え過ぎでしたね。
長年に渡り、今日、こうしてイラストや小説もどきの物を書き、いい気に為っていられるのも、あの時に助けていただいたからで、今思っても、当時、私も若すぎて、大人相手に乱闘など出来ません。彼らが逃がして呉れて、姉たちを連れて逃げるのが精一杯でした。
あれから、何年もの月日が流れて、その感謝の思いは、危険な思いをするた度に、常に感じていました。私たちの置かれた状況では、あの頃は闇しか見えませんでした。けれどその事件以来、考えは変わり、前向きに為れたと思います。それは社会には、まだまだ正義は有ると言う事を実感したからです。短い時間に、講談社の方とお話して、彼らが自分たちの仕事を大切にしている事が分かりました。私は、それから、その約束を果たそうと思い、漫画を描き、今は小説などを好きにいじっています。(ダメダメですが・・)亡くなった活動代表の齋藤ちゑ子も、感謝の気持ちを伝えたいと心から願っていました。本当に、心から感謝申し上げます。


取材は無理でしたが、取り直して、気持ちを伝えるべく、離れた場所から、一令をと思い、

先ずは、編集長から、感謝の気持ちを込めまして、講談社様に、深く一令をして、

続いて、厚かましく取材を申し込んだ。私が心からの感謝を込めまして、一令をしました。
でも、広報の方のお話では、このブログ等では、自由に書いてもいいのではと、お許しを頂きました。(もう既に過去の記事でも書きました・・・)

大体、198~4・5年頃でしょうか?私たちが襲われた。上の写真は馬橋の駅前の本屋さんです。今は閉まっていますが、夜遅くまで開いている本屋でした。
絡んで来た男たちは、私たちを知っている様子で、また権力者絡みかと、私たちは逃げようと本屋を出ましたが、取り囲まれ、絶対絶命無事には済まない状況でした。そこへ、割って入って呉れたのが、講談社の方たちです。私たちは逃げる事に成功しましたが、彼らは身を張って乱闘に為りました。遠くで救急車のサイレンが鳴り響いて、赤い回転灯がビルの窓に反射していました。私たちは身を隠しながら家に帰りましたが、何と言えばいいのか、どう感謝の気持ちを伝えたらいいのか分からずに、今まで来ました。当時は、隠ぺい事件に関係していた。国会議員が沢山いて、社会に出て行けば、父や母の様にめちゃくちゃに殴られたりした上に、多分、生きては居られなかったでしょう、親戚の国会議員に訴えに行き、母はお腹を蹴り回されて、私の弟は産まれて来ませんでした。父もボロボロです。これ以上目に立って自分が死んだら家族を守れないと、父は歯を食いしばって生き延びました。そんな理不尽な権力犯罪がまかり通る。恐ろしい社会です。然し、私たちは密かに、何時かは、この隠ぺい事件を世の中に出そうと考えていました。
そして、私はマンガを描き、社会に挑戦しましたが、結果はダメでした。然し、その時の政治の動きを、私も見て、姉たちの事件を確信しました。可なりの範囲まで事件は知られている様子です。少女漫画を奪い合う異常な光景が有りました。
当時、小学校の教室で複数の男たちが乱入して来て、姉は意識が亡くなるまで暴行を受けました。そして、それを訴えようとした姉も、役所の中で顔を切り刻まれて暴行を受けました。それを政治家たちが見ていたそうです。その後に、姉は黙れと川崎市長金刺に、市長室で殴られました。これらは一体、何の為の隠ぺい事件だったのか?犯罪の目的は?その動機は?どこに利益が有ったのか?誰がその利益を手にしたのか?多くの謎が有ります。それを今後も、私たちは非力ながら追及して行こうと思っています。当時の多くの人が知っていて隠ぺいされた可笑しな事件は、社会正義の下に暴かれなければ為らないと思っています。今後も、私たちは広く支援と協力を社会に求めて行こうと思っています。


追記、今日は、少しだけ気持ち良く眠れそうです。正しい社会は有るのですから、皆様に感謝して休みます。


2017年6月19日、個人雑誌グラス編集部、副編集長兼雑用、主力作家の齋藤務です。

×

非ログインユーザーとして返信する